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「AIは社会課題を解決するフェーズに」米スタンフォード大教授

コラム
2019.3.30

米スタンフォード大学のFei Fei Lee教授は、3月末にサンフランシスコで開催されたMIT Technology Review主催のAIをテーマにしたカンファレンス「EmTech Digitalに登壇。「AIは全く新しいフェーズに入った」と指摘。新たなAI開発、活用のための学際研究組織をスタンフォード大学内に開設したことを明らかにした。

同教授によると「AIはこれまで、我々のようななテクノロジーオタクのものだった」。ところがここにきて、あらゆる社会課題を解決するために社会の現場で使われ始めたと言う。「われわれは、AIが研究室から現実社会へと移行するのを目撃する、最初の人類になる」と同教授は語っている。

 

フロンティアは現実社会

AIはここ数年で劇的に進化した。確かに非常に多くのデータ、しかも正確にタグづけされたデータが十分に揃っている場合、AIはすばらしい成果を上げる。「しかし現実社会は偉大なるカオスであり、データが構造化されているわけではない。この現実社会のカオスにどう取り組んでいくのか。そこがAI研究の今日のフロンティア」と同教授は指摘する。

同教授が最も関心を寄せている社会課題の現場は、ヘルスケアの領域だ。同教授は4年前に著名講演会TEDに出演。写真のキャプションをつける画像認識技術を初めて披露した。当時は写真に写っている物体をコンピューターが認識、同時に「部屋の中にデスクがあります」といったようなテキストを生成する程度の、初歩的な技術だった。「今では人間の行動や人間関係なども、テキストで表現できるようになった」。

この技術を使えば、スマートセンサーを病室に複数設置することで看護師と患者の関係性や、患者の感情、行動などを、AIが自動認識できるはず。使い方次第で「医師や看護師のルーチンワークを軽減させ、同時に医師や看護師の能力を最大限に引き出すことが可能なはず」と指摘している。

 

すべては人間が中心

同教授は7年前から同大医学部の教授とともにAIとヘルスケアの領域についての研究を進めてきた。「最初の半年間は、医学部のいろいろな医師の動きを観察しました」。集中治療室から、緊急病棟、老人ホームまで、いろいろな現場に出向いた。また昨年一年間は、実の母の付き添いで集中治療室で多くの時間を過ごしたという。「テクノロジストとして、研究者として、ときには患者の家族として、病院に行くたびに思うことがあります。それは大事なのは人間だということです。どんなテクノロジーであっても大事なのは人間です。医師としての人間、患者としての人間、すべてのテクノロジーは人間のためのものなのです」。人間と言うカオスで、構造化されていないデータを、どう取り扱うのか。この課題をクリアできれば、ヘルスケアの領域は大きく進歩するはずだ、と同教授は言う。

そのカオスなデータソースである人間は、コンピューターサイエンスだけでは取り扱えない。そこでスタンフォード大学では同教授が旗振り役となって、新たな学際研究組織を発足させた。新組織の名称はHuman centered AI Institute。まさに人間が中心のAI研究所だ。

 

人間のカオスデータの取り扱いには、他の学問との連携が不可欠

同研究所の頭文字はHAIで、それぞれ頭文字は、同組織の哲学を象徴していると言う。

Hは、ヒューマンリソース(人材)のH。優秀な人材を投入し、政策提言できるような組織にしていくと言う。

Aaugment (拡張)のA。「AIは人間の能力を補助、もしくは拡張するすばらしい技術。決して人間に取って変わるべきものではありません」。AIは今後、特にヘルスケアや教育、サスティナビリティ、製造業などの領域で、人間の能力を補助もしくは拡張することになるという。

Iは、human inspired(人間の素晴らしさを参考にした)のI。「AI技術の次のフェーズは、人間からインスパイアされた技術開発になると思います。脳科学や、認知科学、行動科学といった学問との連携が必要になります」。

同教授は、昨年から同組織の開設に動き始めたが、1年足らずで200人以上の同大学の教職員が参加の意思を表明した。「それだけ多くの人がこの問題に関心を持っているということだと思います」。

「他のパワフルなテクノロジー同様に、AIは問題点も抱えています。例えばアルゴリズムのバイアス問題や、セキュリティー、プライバシー、雇用市場、コミュニティー、文化など、コンピューターサイエンスの範疇を超えるような大きな問題をたくさん抱えています。スタンフォード大学の経営層は、我々自身が新しいAIの時代の幕を開けないといけないと考えたのでしょう。コンピューターサイエンス学部だけではなく、社会学部、法学部、経済学部、哲学、人文学、脳神経学部などの学部の先生方が一緒になって、AIとは何なのかをもう一度考え直そうということになりました」。

 

迫り来る高齢化問題

それにしても同教授はなぜヘルスケアの領域に関心を持っているのだろうか。「高齢化社会の問題は2030年にはアメリカ社会にとって非常に大きな問題になります。ヨーロッパや日本、中国などでは高齢化は既に大きな問題になっています」。高齢化は世界が抱える大問題、ということらしい。

 

 

【カンファレンスに参加して】

他の登壇者からもAIで社会課題を解決すると言う話が数多く出た。昨年もシリコンバレーでAIに関するカンファレンスを取材したが、明らかにムードが変わってきているように感じた。研究テーマとしてのAI 、ビジネスツールとしてのAIから、AIが実際に幅広く社会を変えていこうという段階になってきているんだと思う。

AIって社会のあらゆる領域に非常に大きな影響を与える、ものすごいテクノロジーなんだなって改めて感じた。


Editor's Profile

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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