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「AI大国、中国脅威論」の5つの誤解 米戦略国際問題研究所のパネル討論会から

コラム
2019.10.4

中国のAI技術が急速に伸びてきていると言われるが、果たして今現在どこまで伸びてきているのだろうか。米著名シンクタンクである戦略国際問題研究所(CSIS)がこのほど開いたパネル討論会で、中国のAI技術の現状に関する一般的な誤解が幾つか明らかになった。登壇した専門家によると、中国はAI技術で世界一になるために政府主導のもと官民が足並みをそろえて邁進しているわけではなく、また膨大なデータ量で米国を凌駕しているわけでもないという。

 

誤解①中国はAIで米国に追いつき、追い越すレベルにまで来ている

AI開発競争で中国は米国を追い抜けるところまで来ているのだろうか。パネル討論会に登壇した5人の専門家は、口を揃えてこの問いには辟易していると言う。

ジョージタウン大学安全保障新技術センターのHelen Toner氏は「一言でAIと言っても、基礎研究から、C向け応用技術、B向け応用技術など、いろいろな技術のいろいろな側面がある」と指摘。テック業界のロビー団体である情報技術産業委員会(ITIのシニアディレクターのNaomi Wilson氏も、「頻繁に尋ねられる質問だが、非常に複雑な問題を単純化し過ぎていて、答えようがない」と困惑気味に語った。

有力シンクタンクの新米国研究機構のPaul Triolo氏によると、2018年のコンピュータービジョンに関する論文の中で引用された回数が最も多かったトップ論文10本のうち、筆頭著者が中国人である論文が4本。共同執筆者に中国人の名前が入っているものが6本。そして10本すべてが米国の大学、企業、研究機関から出されたものだった。「米中は、それぐらい強い協力関係にある。業界も研究者も理解していることだが、(AI基礎研究に関して)米中を切り離して考えることは困難」と指摘している。

Toner氏は「米中は相互に依存しあってAIを進化させている。米中の関係を、2頭の馬が競い合っているようなイメージで見るのは間違いだ」と語っている。

AI研究で5年前は存在感すらなかった中国が、米国と並ぶところまで力をつけたのは事実。ただ米中はAI研究の両巨頭として世界をリードしており、両国を始め先進国が協力し合ってAIを進化させているのが実態。冷戦時代の軍拡競争のように、対立の構図で現状を分析しようとすること自体、無意味ということらしい。

 

誤解②中央政府主導で、AI産業の覇権を狙っている

とはいえ中国政府は、2030年までにAIで中国が世界トップになると宣言、米国への対抗姿勢を見せている。2017年に中国国務院が発表した次世代AI発展計画と呼ばれる国家戦略によると、2020年までに世界水準に追いつき、2025年までに一部のAIの領域で世界のトップに立ち、2030年にはすべてのAIの領域で世界のトップに立つ、という目標を掲げている。

Toner氏は「米国側から見れば、中央政府が目標を達成するために細かく指図していくように見えるかもしれないが、実際は中央政府がこの宣言を通じて国内の自治体向けに中央の意向を表明しているだけ」と言う。CSISの技術政策プログラムの副ディレクターのWilliam A. Carter氏も「国内の自治体に加え、民間企業に対しての、中央政府の意思表示でもある。これまでの産業と違ってテック産業は中国政府が主導して生まれてきたものではない。特にAI産業は民間が主導してきた。なので政府と民間の関係性は緩く、こういう戦略を発表することで、民間企業に政府の意思を伝えるのが目的だ」と解説する。

その証拠に中国国内でAIの研究開発は統率されておらず、それぞれが好き勝手なことをしている状態だという。Carter氏は「中国国内のインキュベーターやスタートアップの施設を数多く見て回ったが、どこも同じようなドローンやロボットを展示していていた。研究領域に重複が多く、非常に非効率なリソースの使い方だと思った」と言う。

「中国のAIは完全に民間主導。政府はガイダンスだけ。なのでリソースの使い方に無駄が多い。ただそれでもリソースを投入し続けるので、いずれ大きな成果を出すことになるだろう。何度も中国に渡って調査を行なった結果、個人的にそういう結論に達した」とCarter氏は語っている。

中国がAIで世界をリードする存在になることを中国政府は望んでいるかもしれない。しかし実際に動いているのは民間企業。政府主導で、一枚岩となって邁進しているわけではなさそうだ。

 

誤解③AI人材の数で中国は米国を抜いた

問題が複雑過ぎてAI競争力と一括りにできないのであれば、AI人材という側面で米中の競争力を比較できないだろうか。

米著名ベンチャーキャピタルのKleiner Perkinsがまとめた報告書によると、米国の自然科学とエンジニアリングの学位取得者数がほぼ横ばいなのに対し、中国でこれらの学位の取得者数が激増しているという。

ただAIに関する教育では米国のほうが優れているとTriolo氏は指摘する。「米国には優れたデータサイエンスプログラムを持つ大学が約200校もある。一方中国には、10か20校程度しかない」。

しかも中国はAI人材の流出をコントロールできない状態が続いているという。Toner氏は「AIのトップレベルの大学の数や、政治的、経済的安定などの生活環境を見ても、米国のほうが優れている。また優秀な研究者は、優秀な研究者と一緒に働くことを望む。ここ1、2年で外国人労働者受け入れ政策が変更になり優秀な人材を集めにくくなっているとはいえ、人材確保に関しては米国のほうがまだまだ有利」と指摘する。

またAI人材と言っても、最先端の研究者もいれば、ネット企業の実務に従事するエンジニアもいる。Triolo氏は「米中では求める人材のタイプが違う。Googleは、最先端の研究者の確保に力を入れている。中国企業は、目の前の問題を解決する人材の育成を最優先している」と言う。大型のショッピング商戦の際に、アリババのエンジニアは、AIを駆使して膨大なアクセス件数をさばいた。ある意味、世界最先端の技術を持っていることになると同氏は指摘する。

ただ大手テック企業は、どこも多国籍企業。世界中から優秀な人材を必死で採用している。「中国生まれで米国の永住権を持っているエンジニアがカリフォルニアの中国企業の研究所で働いていたら、彼は中国人材?それとも米国人材?」とCarter氏は問う。「人材面でも米中の相互依存はとても深い」と同氏。確かにAI人材数も、単純には比較できないようだ。

 

誤解④AIはデータがすべて。大量のデータを持つ中国が有利

データ面ではどうだろう。米中のどちらが有利なのだろうか。

AIはデータがすべて。大量の優れたデータで学習したAIは、優れた精度を出す。中国の人口は13億人。米国の人口は3億人。単純比較すると、中国の方が有利に見える。

しかも中国は米国ほどプライバシー保護に関して国民の意識は高くなく、街中の監視カメラで政府が国民の行動を監視しているという報告がある。(関連記事;2億台に迫る監視カメラ-中国ハイテク監視社会、強権国家を手助けか

政府が集めたデータを民間企業のAIの学習に利用させることができれば、中国のAIは一気に賢くなるわけだ。

しかし今回の討論会の登壇者たちは、そうした論調に首を傾げる。Wilson氏は「中国には大量のデータがあるので有利という認識は間違い。中国政府のデータを信用できるだろうか。GDPデータは政府に都合のいいように改ざんされているかもしれない。正確ではないデータを入れれば、AIは正確ではない答えを出す。最新の技術開発競争よりも、最も基礎的なところに中国は問題がある」と言う。

同氏はさらに「中国のデータの最大のハードルは、データ・ローカライゼーション・ポリシーだ」と指摘。中国でクラウドサービスを展開するには、すべてのデータを中国国内の設備で管理しなければならず、海外へのデータ転送は禁止されている。登壇者たちによると、この規制が、今後中国のAIの発展の大きな足かせになるという。

なぜなら今の中国はC向けアプリなどでAIが成果を上げているが、Carter氏は、AIの最大の価値はC向け事業ではなく、B向け事業から生まれると断言する。工場や、倉庫、流通経路などをAIで最適化することこそが、AIが生む最大の価値になるというわけだ。流通経路は中国一国で閉じているわけはなく、世界に広がっている。中国のデータ規制のおかげで中国企業は世界の流通網の最適化ができないわけだ。

それだけではない。「デジタル化、クラウド化、センサー化において中国企業は世界水準から大きく遅れている。大手小売チェーンのサプライチェーンの最適化などに、解像度の高い地形図、天気図、リモートセンサーデータなどが必要となるが、中国では安全保障上の理由でこうしたデータの利用に規制がかかっている」とCarter氏は話す。

C向けアプリなどで大成功する中国テック大手だが、次の大きな波であるB向けAIでは、中国は正確なデータを取れる状況にはなっておらず、このままでは米国に水を開けられることになりかねないということらしい。

 

誤解⑤輸出規制は有効

国家の安全保障の見地から、ハイテク製品の輸出規制は不可欠。しかしAIで米中が深く相互依存している中で、輸出規制などできるのだろうか。「官民でしっかりと協議する必要がある。規制品目を間違えば、イノベーションの妨げになるどころか、世界市場での競争力を失う結果になり、ひいては米国の安全保障さえ危機に陥る可能性がある」とWilson氏は言う。

まずAI技術の中で民間技術と軍事技術の線引きが難しい。「自動走行車と自動走行タンクの違いは、大砲がついているかどうかしかない」とCarter氏は笑う。民間に使えるAI技術の多くは、簡単に軍事技術に応用できてしまうのだ。

とはいえなんらかの規制は必要。Toner氏は「基礎技術は規制できない。応用技術で規制するしかない。軍事に関与する製品や技術は規制が可能なのではないか」と提案する。Triolo氏は「半導体は米国が先行している。半導体の輸出規制は可能かもしれない」と言う。

「線引きで完璧にうまくいく方法は多分ない。商務省が引き続き民間とオープンな議論を行うしかない」とWilson氏は結論づけた。

 

個人的に気になった点

さて最後に、この討論会を聞いていて、個人的に気になった点を幾つか述べたい。

まずは「AIの最大の価値はB向けにある」というCarter氏の意見。GoogleAmazon、テンセント、アリババと、これまでC向けのテック企業が脚光を浴びてきたが、B向け企業がこれからAIを導入することで、大きく伸びる可能性があるという話が面白かった。イメージだけかもしれないが、中国の製造業は日本に比べて運用が甘いように感じる。きれいに整備された工場でセンサーを配置し、データをAIで解析し、流通の最適化もAIで成果をあげることができれば、日本の製造業は再び力を取り戻すのではないだろうか。そんな期待が持てる意見だった。

もう1つは、中国の次の大きな波はヘルスケアだというTriolo氏の意見。米国のテックニュースを見ていてもAIの進化がヘルスケア領域に及び始めたのを感じる。やはり中国にもヘルステックの波が押し寄せようとしているのだと思った。

 

 

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Editor's Profile

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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